大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和46年(ワ)33号 判決 1978年9月22日

原告

株式会社北陸住宅地図出版社

右訴訟代理人

平田亮

被告

株式会社北陸刊広社

北川潔

右両名訴訟代理人

菅井俊明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判<省略>

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、石川県、富山県の住宅地図及び各種地図、図書の企画出版、並びに広告代理業等を目的として昭和四五年一二月二五日に設立された会社であり、被告株式会社北陸刊広社(以下被告会社という。)は、住宅明細図及び各種地図の発行、販売、並びに総合広告代理業等を目的として昭和四三年一月一一日に設立された会社であり、被告北川潔(以下被告北川という。)は、その代表者である。

2(一)  訴外大迫正富(以下単に大迫という。)は、別紙目録(一)記載の住宅地図(以下本件住宅地図という。)の著作権を有していたところ、原告は、昭和四五年末に大迫から本件住宅地図の著作権を譲り受け、同四六年一月一一日譲渡手続を了し、同月二五日文化庁文化部で登録番号第一〇、〇〇一号の一の著作権移転の登録を受けた。

(二)  原告が著作権をもつている本件住宅地図は、富山市及び高岡市に所在する全ての建物を平面的に枠取りをもつて表示し、その枠内に居住者の氏名を記入し、建物の所在位置関係と居住者名が容易にわかるように表現したものである。

3(一)  被告会社は、富山市については昭和四三年七月に、高岡市については昭和四四年六月に、初版の住宅地図を発行し、以来毎年版を重ね、昭和四六年及び同四七年には別紙目録(二)記載の住宅地図を発行しているが、右は当時大迫(原告が大迫から譲り受けた後は原告)が有していた本件住宅地図の偽作物であり、同人の著作権を侵害するものである。

すなわち、被告会社の右住宅地図は、原告の著作権の対象たる本件住宅地図とその使途は同一であり、そこに記載された建物表示、居住者名表示の方式も同一のものであり、そこには何ら創作的なものが認められない。

また、被告会社の右両市の住宅地図の初回版と、前年に既に販売されていた本件住宅地図とを比較対象してみると、建物の枠取りについての線引きにおいて、線引きの位置、引かれた線の接合箇所が全く同一のところが無数に指摘され得るのである。仮に、被告会社が本件住宅地図を見ずに全く白紙の状態から独自に調査原稿をつくつたとするならば、線引き、枠取りが同一になるということは有り得ないことである。被告会社の初回版の住宅地図が、その線引き、枠取りにおいて、本件住宅地図と同一の箇所が多数あるということは、明らかに本件住宅地図を写して、それに手を加えて作成されたものであることを物語るものである。

被告会社は、富山市及び高岡市の住宅地図を最初に発行するにあたり、その当時すでに発行されていた本件住宅地図を利用し、被告会社があらかじめ準備していた右両市の市街地図についてのマイクロフイルムを拡大したものである調査原稿用紙に本件住宅地図に表示されていた建物の線引き、枠取りをそのまま転写し、かつ、居住者名等をもそのまま転載し、このように本件住宅地図を模写した調査原稿用紙を調査に雇つたアルバイト学生に手渡し、右両市の中心街部の現状確認調査をさせ、本件住宅地図に当時記載されていなかつた右両市の郊外部については模写するものがなかつたことから、被告会社の調査になれた従業員等を使つて現地にあたり、調査原稿用紙に調査結果を記載したものであつた。

そして、その後も被告会社は、別紙目録(二)記載のものを含め毎年住宅地図を発行してきているが、その発行に際しては偽作物たる初回版の版下を利用してきているもので、出版のつど現地調査をし、増加した建物、変更された建物、消滅した建物及びその居住者名の変更されたものを記入、表示、版下に増減、修正を加えてきたとしても、それは偽作物たる初回版との関係であらたな創作物としての域に達しないものであり、依然として大迫(原告が大迫から譲り受けた後は原告)の有する本件住宅地図の著作権を侵害する偽作物であるから、発行のつど右著作権を侵害してきたものである。

(二)  被告北川は、編集兼発行人として被告会社の前記住宅地図の作成に関与し、その際本件住宅地図を利用することを従業員に指示してきたもので、被告会社と共同して右著作権を侵害したものである。

4  本件住宅地図の版下を基礎とする富山市及び高岡市の住宅地図を、大迫は昭和四四年及び同四五年に販売し、原告は昭和四六年及び同四七年に販売したが、被告らによる前記著作権の侵害により、左記のとおり、合計金二、四八三万三、七〇〇円(大迫につき金七四四万円、原告につき金一、七三九万三、七〇〇円)の損害が生じた。

(一) 大迫の受けた損害

(1) 販売減少による損害

富山市版(基準部数二、〇〇〇部、単価金三、五〇〇円)

昭和四四年度

販売部数   一、二〇〇部

売上減   金二八〇万円

純損失   金一六八万円

(経費率を四〇%とみる。以下同じ。)

昭和四五年度

販売部数   一、〇〇〇部

売上減   金三五〇万円

純損失   金二一〇万円

高岡市版(基準部数一、三〇〇部)

昭和四四年度(単価金三、〇〇〇円)

販売部数   一、二〇〇部

売上減   金 三五万円

純損失   金 二一万円

昭和四五年度(単価金三、五〇〇円)

販売部数     七〇〇部

売上減   金二一〇万円

純損失   金一二六万円

(2) 単価の値上げができなかつたことによる損害

富山市版(基準部数二、〇〇〇部、単価金三、五〇〇円)

昭和四四年度

予定単価   金四、〇〇〇円

差額合計   金一〇〇万円

純損失   金 六〇万円

昭和四五年度

予定単価   金四、五〇〇円

差額合計   金二〇〇万円

純損失   金一二〇万円

高岡市版(基準部数一、三〇〇部、単価金三、五〇〇円)

昭和四五年度

予定単価   金四、〇〇〇円

差額合計   金 六五万円

純損失   金 三九万円

(二) 原告の受けた損害

(1) 販売減少による損害

富山市版(基準部数二、〇〇〇部)

昭和四六年度(単価金四、〇〇〇円)

販売部数   一、一八八部

売上減   金三二四万八、〇〇〇円

純損失   金一九四万八、八〇〇円

昭和四七年度(単価金四、五〇〇円)

販売部数   六二五部

売上減   金六一八万七、五〇〇円

純損失   金三七一万二、五〇〇円

高岡市版(基準部数一、三〇〇部、単価金四、〇〇〇円)

昭和四六年度

販売部数   五二五部

売上減   金三一〇万円

純損失   金一八六万円

昭和四七年度

販売部数   一四九部

売上減   金四六〇万四、〇〇〇円

純損失   金二七六万二、四〇〇円

(2) 単価の値上げができなかつたことによる損害

富山市版(基準部数二、〇〇〇部)

昭和四六年度(単価金四、〇〇〇円)

予定単価   金五、〇〇〇円

差額合計   金二〇〇万円

純損失   金一二〇万円

昭和四七年度(単価金四、五〇〇円)

予定単価   金六、〇〇〇円

差額合計   金三〇〇万円

純損失   金一八〇万円

高岡市版(基準部数一、三〇〇部、単価金四、〇〇〇円)

昭和四六年度

予定単価   金四、五〇〇円

差額合計   金 六五万円

純損失   金 三九万円

昭和四七年度

予定単価   金五、〇〇〇円

差額合計   金一三〇万円

純損失   金 七二万円

(3) 慰藉料

前記のように被告会社が原告の著作権を侵害したので原告は、右著作権侵害行為を排除するため、被告らを債務者として、富山地方裁判所に仮処分の申請をし(同裁判所昭和四六年(ヨ)第七号、第三五号、第三八号事件)、同裁判所において仮処分決定がなされたにもかかわらず、被告らは、故意に不当な抗争を続け、原告に対し多大の苦痛を与えた。そして、原告の右苦痛に対する慰藉料としては、金三〇〇万円をもつて相当とする。

5  大迫は、昭和四八年三月一五日、前記損害賠償請求権を原告に譲渡し、そのころ被告らに対し、内容証明郵便をもつて、右債権譲渡の通知をした。

6  よつて原告は、被告らに対し、右損害賠償金二、四八三万三、七〇〇円及びこれに対する訴状訂正申立書が被告らに送達された日の翌日である昭和四八年四月一四日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めると共に、被告らによる原告の著作権に対するあらたな侵害を予防するため、請求の趣旨2、3項の請求をする。

二  請求原因に対する認否及び被告ららの主張<以下、事実省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二大迫が本件住宅地図の著作権を有していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、原告会社が設立されたころ、大迫から原告に、本件住宅地図の著作権の譲渡がなされたことが認められる。

三被告会社が、富山市については昭和四三年七月に、高岡市については昭和四四年六月に、初めて住宅地図を発行し、これを基礎として毎年住宅地図を発行し、昭和四六年及び同四七年には、別紙目録(二)記載の住宅地図を発行したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、被告会社が、富山市、高岡市で最初に出版した住宅地図は、別紙目録(三)記載のものであることを認めることができる。

四1 一般に、地図は、地球上の現象を所定の記号によつて、客観的に表現するものにすぎないものであつて、個性的表現の余地が少く、文字、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例ではあるが、各種素材の取捨選択、配列及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たすものであるから、なおそこに創作性の表出があるものということができる。そして、右素材の選択、配列及び表現方法を総合したところに、地図の著作物性を認めることができる。

ところで、地図における著作権侵害の成否を判断するに際しては、地図における著作物性が右のとおりであることの結果として、著作物性がある部分を個々的に抽出することは困難であり、結局、侵害の成否は全体的に判断せざるを得ないことになる。

2  著作権侵害の成否を判断するに際し、一般に新たに作成された著作が、既に存在する他人の著作物に依存することなく、独自に創作されたものであれば、結果的に他人の著作物と同一になることがあつても、著作権侵害とはならないのであるが、新著作が他人の著作物を基本として作成された場合であつても、そこに独自の創作性が加えられた結果、通常人の観察するところにおいて、旧著作の著作物としての特徴が、新著作の創作性の陰にかくれて認識されないときは、新著作は単なる複製でも二次的著作物でもなく、他人の著作物の自由な利用により創作された独自の著作物であると認められ、著作権侵害とならないというべきである。この場合、模範として利用された旧著作の独自性が顕著であればあるほど、新著作中に化体された精神的業績が高度であることが、新著作を独立の著作物として保護するため必要とされるが、旧著作が個性的表現の僅少なものであれば、これに対する著作権による保護は厳格に限定されねばならないから、新著作の著作物としての独自性は認められ易くなるといえる。

3 いわゆる住宅地図は、特定市町村の街路及び家屋を主たる掲載対象として、線引き、枠取りというような略図的手法を用いて、街路に沿つて各種建築物、家屋の位置関係を表示し、名称、居住者名、地番等を記入したものであるが、その著作物性及び侵害判断の基準については、基本的には先に地図一般について述べたところと同様である。ただ、住宅地図においては、その性格上掲載対象物の取捨選択は自から定まつており、この点に創作性の認められる余地は極めて少いといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある。従つて、住宅地図の著作物性は、地図一般に比し、更に制限されたものであると解される。

4  そこで、原告の本件住宅地図と、被告会社が富山市及び高岡市で発行した住宅地図のうち、最初の発行にかかる別紙目録(三)記載の住宅地図とを比較検討してみる。

(一)  まず、富山市版につき、<証拠>により比較検討すると、両者は共に、鉄道、街路、河川、町名、家屋その他の建造物、及び空地の位置関係、官公庁名、会社名、居住者名(主に姓のみ)、一部電話番号を表示対象としていること、表示方法については、両者共、街路に沿つて家屋その他の建造物を平面的に、主に四角形で表示し、その中に官公庁名、会社名、居住者名、一部電話番号(被告会社版においては地番)を記入し、記入しきれない部分については、別記として表示するという方法を採つていること、枠取りの表示、引かれた線の接合箇所が同一又は類似しているところが、市街地において相当数存在することが認められる。しかしながら、外形的にみると、原告版は縦二六センチメートル、横三八センチメートルの横型、被告会社版は、縦三八センチメートル、横26.5センチメートルの縦型であり、地図部分の頁数は、原告版一五一頁、被告会社版二六六頁であること、原告版は、富山市の中心及び周辺部(郊外では記載対象とされていない部分が相当ある。)を、一五一頁使用して、おむね横型に区割しているに対し、被告会社版は、富山市のほぼ全域を、独自に、二六六頁使用して、おおむね縦型に区割しており、その結果、原告版に掲載されなくて被告会社版に掲載されている地区が相当存在すること、縮尺に関しては、被告会社版の方が図が大きく、スペースが充分にとつてあり、全般的にゆつたりした印象を受けること、街路、河川の配置、建物の枠取りについての線引きにおいて、両者間にかなりの相違がみられること(郊外においては殊に顕著である。)、居住者名、会社名等の表示において、両者間で異なる部分が多数存在すること、原告版では地番の表示は例外的であるに対し、被告会社版では大多数の建物にこれが表示されていること(これは被告会社版作成に際し、個々の建物が調査されていることを示すものといえる。)が認められ、以上を総合すると、全体的にみて、原告の住宅地図と被告会社のそれとの間の相違は顕著であり、通常人の観察するところによる限り、被告会社の住宅地図から原告の住宅地図の著作物としての特徴を認識することは困難であるといわざるを得ない(なお、原告は、被告会社作成の住宅地図と、原告作成のそれとの間に、建物の枠取りについての線引きにおいて、線引きの位置、引かれた線の接合箇所が同一の箇所が存在することを、著作権侵害の重要な論拠とするものであるが、本件のような住宅地図においては、線引きは、その表示する建物の所在、位置を明確化せしめるために通常用いられる略図的手法の一であるにすぎないし、また街路に沿つて一方の端から線引きしてゆくと多かれ少かれ類似の表現になることは避け難いところであろうから、線引きの結果自体を作成者の独自の精神的労作の結果とみる余地は少いものであるといわざるを得ない。)。

(二)  次に高岡市版について、<証拠>により、両者を比較検討すると、地図部分の頁数が、原告版では一一九頁、被告会社版では二一二頁であること、原告版は高岡市の中心部及び周辺部(郊外で掲載対象とされていない部分が相当ある。)を八二頁を用いて表示している外、新湊市(目次によると一一頁使用)、砺波市(同四頁使用)、永見市(同一四頁使用)、大門町(同四頁使用)、大島村(同四頁使用)の中心部を掲載対象としているに対し、被告会社版は、高岡市のほぼ全域を独自に一三五頁用いて表示している外、新湊市のほぼ全域(三三頁使用)、永見市(二四頁使用)、小杉町(大門町、大島町と重複する頁を加える一と二頁使用)、大門町(大島町、小杉町と重複する頁を加えると四頁使用)、大島町(大門町、小杉町と重複する頁を加えると九頁使用)の中心部を掲載対象としていること、原告版では永見市、砺波市についての区割方法を表示した図面がないこと(なお、印刷上のミスによるのか、原告版の甲第八号証で砺波市(又は砺波町)として表示されている九四ないし九七頁には永見市の一部が掲載してあり、永見市として表示されている一〇七ないし一一一頁には砺波市の一部が掲載してあるようである。)、被告会社版では、目次の頁に郵便番号も記載されていることが認められる外は、富山市版について前記認定しているところと、おおむね同様であり、全体的にみて、原告の住宅地図と被告会社のそれとの間の相違は、両者の富山市版におけると同等ないしそれ以上に顕著であり、やはり、通常人の観察による限り、被告会社の住宅地図から原告の住宅地図の著作物としての特徴を認識することは困難であるといわざるを得ない。

5  右に検討したとおり、被告会社が富山市及び高岡市で最初に発行した別紙目録(三)記載の住宅地図は、原告の本件住宅地図の著作権を侵害するものではない。そして被告会社が、右初回版を基礎として、毎年右両市において住宅地図を発行してきていることは当事者間に争いがなく、また、その後被告会社において、原告の本件住宅地図の表現方法等を新たに取入れたと認めるに足る証拠はないから、初回版以降の被告会社発行の右両市の住宅地図(別紙目録(二)記載の住宅地図を含む。)が、原告の本件住宅地図の著作権を侵害するものであるとはいえない。<以下、省略>

(大須賀欣一 福井欣也 大野博昭)

別紙目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例